ミッション・インポッシブル『フォールアウト』で気づいた、シリーズの本質とは?

いよいよ、あの『ミッション・インポッシブル』シリーズも最終章
これを書いている2023年7月は、最新作「デッドレコニング」が公開まっただなかである
そして私も、明日観に行く予定。

https://missionimpossible.jp/images/ogp.jpg?v=230427

↑これ、どういう状況なんですかね、、?

 
 
 
巷では「過去作見てないけど、最新作観てみよう!」という猛者もいるとは聞くが
私はこういったシリーズものに対する思い入れと言うか、敬意が強いので
当然過去作を一度全て見倒そうと考えた
 
M:I-2(2000年)
M:i:III(2006年)
ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション(2015年)
ミッション:インポッシブル/フォールアウト(2018年)
 
なんと17年続く人気作である。
そんなに映画に詳しくない人でも
「あー、トム様のあれっすよね」
くらいの知名度はあるのではないだろうか。
 
この記事は別にミッションインポッシブルシリーズを全て追ってるマスターエージェントを対象としているわけではない
一部だけの人でも特に問題は無い。
ただ、ネタバレ情報は含めてしまうのでその点のみご了承を。
 
なお、ネタバレを食らったとしても、当局は一切感知しない
この記事は5秒後もおそらく5年後も見れるはずである。

https://stat.ameba.jp/user_images/20130415/23/beatifulmonster2/ff/ec/j/o0480027012502116925.jpg

↑このサングラス投げるシーンがめちゃくちゃかっこいいんすよ

 
 

ミッション:インポッシブルシリーズの魅力

この17年の歴史の中でトム・クルーズ演じる「イーサン・ハント」はものすごいアクションの連続で有名だ。
宙吊りになったり、頭に爆弾埋め込まれたり、裏切られたり裏切り者だと思われたり
化けたり溺れたり走ったり走ったり走ったり…
 
 
今回過去6作品を全て見直して、改めてシリーズ通して感じたことは
むちゃくちゃテンポが良い
ということ。切れ目がない。
 
特に何のひねりもない当たり前な感想で恐縮だが、ほんとそう。
もうアクションにつぐアクションでお腹いっぱい
お腹が減った時にバイキングに行って、次から次へと美味しそうなものを食べてゆくような心地良さだ。
もしくはアクション会のわんこそば世界大会である。
もう映画館ではトイレに行けないぞ。
 
単純にアクションの連続という意味でも忙しいわけだが、ちょっと静かなシーンでも
気がついたら登場人物の顔が変わっていたり味方だと思ったら敵になってたりする。
スパイ映画ならではと言える驚きの展開からも目が話せない。
こういった理由もあってトイレに行けないのだ。
 
そもそもIMFのエージェントたるもの、トイレくらい2時間ちょい我慢してもらいたい。
別に2分間息を止めろと言ってるわけではないだろう。
と、MI3時の長官ブラッセルが真顔で説教しそうである。

https://renote.net/files/blobs/proxy/eyJfcmFpbHMiOnsibWVzc2FnZSI6IkJBaHBBZzMvIiwiZXhwIjpudWxsLCJwdXIiOiJibG9iX2lkIn19--113639e6cd26bd511e025548c18ccf85a57dd293/08.jpg

↑この人、結局味方だったってことで良いですよね?その割にはけっこう悪い顔してましたけど…

 
 
話を戻そう。
主人公イーサンハント、いやむしろトム・クルーズの体を張ったアクションにも毎回注目が集まる。
やれ車だバイクだ壁登りだ水だ空だと…
ミッションインポッシブルという作品をトム・クルーズの命がけアクション映像作品として捉えている人も多いと思う。
 
もちろん先ほど書いた通り「スパイもの」という側面から描いた少し複雑な情報戦もあるが、ハラハラドキドキのストーリー展開を見せつけながらも
結局最後は「なるほど!」とか「そう来るか!」「なんか結局上手いこと解決した!?」という快感が得られることも一級エンターテインメントならでは。
長寿作品になるのもうなずけるというものだ。
 
ただ、1作品を除いては…
 
それが今回のテーマ、シリーズ6作目にあたる「フォールアウト」についてである。
そう、私はミッションインポッシブルシリーズが大好きなのだが、この作品のみどうも納得がいかない
特にあの男に関しては…ね。
 
 

納得いかない!?『フォールアウト』前半

順を追って説明してゆこう。
前半、パリの空からスカイダイビングをキメるというシーンがある。
低い高度から行う状況を指すという「ヘイロージャンプ」というワードが話題になった印象的な場面だ。
ここではイーサン・ハントともう一人、ウォーカーというエージェントが行動をともにすることとなる。
 
(ここからネタバレ注意)
このオーガスト・ウォーカーなる人物、実はヴィラン側であることが中盤で判明する。
ヘイロージャンプを行う序盤のシーンでは
「CIAが連れてきた、なんとなく感じのやなやつ」
という印象だ。
こういうやな感じのいじめっこ、いますよね。
 
 
降下前に「落雷をいったんやり過ごそう」と言うイーサンを無視し、彼は先に飛行機から飛び出す。
呆れて追いかけるイーサン。
その嫌な予感は的中し、なんと降下中にカミナリに打たれる!!
 
一瞬意識を失うがすぐに回復したイーサンが、眼にしたものは…
 
明らかに意識を失ったままぐったりとした体勢のまま
降下するウォーカーの姿!
 
 
初見時、私はこう思った
「えー、こいつ調子乗って先行った結果、意識不明やん」
と。
中身はスーパーマン(演者:ヘンリー・カヴィル)なのにダメじゃんと、、
 
結局イーサンに助けられ、なんとかパリの目標施設に降り立つ二人。
つまり、イーサンがいなければそのまま彼はフォールアウトしていたのである。
 
問題はここからだ。
上で書いた通り、中盤の「どんでん返し」にて衝撃の事実が明らかになる。
そう、彼は敵組織「アポストル」の一員。前作のヴィランである「ソロモン・レーン」とグルだったわけだ。
 
 
ちなみにこのレーンという人物、前作と違ってヒゲモジャすぎる変わりようである。
数年獄中にいたという理由からなのか、シリーズを追いかけてきた敏腕エージェントである我々も「お前誰やねん」とぽっと出の新キャラかとみなしてしまう。
以前はきれい好きな印象のしゅっとしたスタイリッシュイケオジだったのに、いったいどうしたんだレーンさん。
脱獄後とは言え多少時間はあるだろうから身なりを整えるヒマはなかったのか。
それとも他の撮影の都合という中の人理由か。
女の子に「ヒゲのほうが好き」とでも言われたのか
 
 
 
 
話を戻す。ええと、どこだっけ
そうそう、イーサンとウォーカーがフォールアウトした時に、ウォーカーは落雷でがっつりフォールアウトしてしまって
結局観ている私のテンションもフォールアウトしたという話だ。
 
 
いくら中盤で「どうだ!ヴィランはおれだぞ!」と明かされても、私の心のつぶやきは
「え?でもあなたパリの上空で気を失ってましたね?…えっとつまりイーサンが助けなかったら話終わってましたよね?」
「まさかあれも作戦のうちって言います?言えます?」
ととても受け入れ難かったのだ。
 
『フォールアウト』はその後思いがけないジュリアの再登場(ミシェル・モナハンさん大好きです)からラストのヘリ同士のバトルまでみどころいっぱいなのだが
ウォーカーの真相というある意味ショックな展開が、もうほんとショックすぎて
初見時はIMF長官がどさくさに紛れて死んでいたことすら忘れていたほどである。

https://kendoman01.com/wp-content/uploads/2020/05/mi20.jpg
↑けっこう面白い役回りなのに、たぶんなんとなく印象に残りにくい人ベスト3。ゴーストプロトコルの物理学者にも似てるし。
 
 

難解なストーリーはどうやって生まれたのか?

今回はウォーカーについてを掘り下げて書いているが、途中に登場する「ホワイト・ウィドウ」というマーベル作品みたいな名前の女性がいる
この辺もなんだか複雑で分かりにくかった印象だ。
なんというか、それぞれの登場人物がそれぞれ何を考えて動いているのかが把握しづらいかったと言えば良いのか
イルサも相変わらず謎の立ち位置って感じだったし。
レベッカ・ファーガソンさんは美人である)
 
この記事を書くうえで調べてみたが、けっこうこの『フォールアウト』はストーリーが難しい・分かりづらいという声が多いのかもしれないと感じた。
 
 
ミッションインポッシブルフォールアウトを観ましたが、アクションは壮絶でしたが私の理解力が無くストーリーがさっぱりわかりませんでした。
 
(中略)
 
今作は話が複雑でしたよね!
自分もかなりついていけてなかったです。
 
 
 
徐々に私の中ではある疑惑が浮かんできた
こういったハラハラするストーリーは「先が読めない」から面白いわけだが、もしかして
 
制作陣も先を考えて作っていないのではないか!?
 
 
それほど、この『フォールアウト』は違和感のあるストーリーなのだ。
そして、どうやら予告で使われたシーンが本編では使われてないようで
不思議な点がいくつか出てくる。
ネットでは「よく分からなかった」の2割と「とにかくアクションがすごかった」の8割に分かれるようである。
いったいどういうことなのだろうか。
 

ミッションインポッシブルシリーズはこう楽しもう!

この疑問がようやく解けたと感じたのは、次の記事を見てからだ。
 

気分屋のトムが突然に新しいアクションのアイディアを次々に提案してくるためで、それに対してフレキシブルに対応しなければならない


クリストファー・マッカリー監督だったのだ。彼は脚本を単独で書ける腕があるため、すぐにでも脚本変更に対応しつつ、新たなロジックを構築し、さらにそれに合わせて演出プランを変更することが可能というわけだ

明らかに何かが変? 『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』の隠された魅力を徹底解説|Real Sound|リアルサウンド 映画部

 
 
実は「ストーリーから作っていない」ということらしい!
これはなかなか衝撃だった。
過去作については違うかもしれないが、少なくともクリストファー・マッカリー監督が手掛けた『ローグ・ネイション』からは
・脚本が定まっていない
・トム本人がその場でアイデアを出す
という流れの中で生まれていたようだ。
 
そう考えると、急に変に納得してしまう。
ミッション・インポッシブルはもうイーサン・ハントの話ではなく「トム・クルーズ」本人だとか
トムがスタントなしで色々と無謀なチャレンジをやりたいだけなんじゃないかとか
こういった意見は至極当然なのかもしれない。
もし私のようにローグ・ネイション辺りからストーリーが追いづらくなった人がいたら、これを機に違う視点で作品を眺めてみようではないか。
 
クセのある芸人をうまく回そうとするMCというべきか
ライブ感のある作品というか
ミッションインポッシブルはそういった類のものだと考えたほうが良さそうである。
そう考えるとクリストファー・マッカリー監督すげえー…とも言えるのではないだろうか。
監督から急に生放送を回せる名MCのような印象にはなるが。
 
 
今回の記事をまとめていく中で、私は
「そういう見方(作り方)もある」
というよりは
「もうこうなったらそういう作り方で良いのかも」
と思えるようにはなってきた。
 
これには賛否両論あるとは思うが、やはり売れているもの・流行るもの・話題になるものには理由があるし
ある種この作風・方向性は一つの正しさでもあるんだと思う。
ミッションインポッシブルという作品は少なくともここ数年はこの「ライブ感」を極めつつあるのかもしれない。
 
 

まとめ:ミッションインポッシブルとは結局何なのか?

最後に、ミッションインポッシブルシリーズ全体を通じて振り返ってみよう。
 
今回の記事を書くために参照したブログ記事の中で
次のような見事な記述を見つけた。
これだ!
 
いつまでたっても、「ミッションを開始する」「失敗して、てんやわんや」を繰り返してばかり。アクションシーン以外は、周りが、イーサン・ハントに「この作戦はヤバイ、やめようよ」と説得する場面だけ(以下略)
 
そう、これがまさにミッションインポッシブルの本質。
ミッションが起きまくっててんやわんやする話
なのだ。
 
誰が敵で、味方で、そして誰が生きて死んでしまうのか!?
時によく分からなくなっても大丈夫!
トムがなんとかしてくれる!
 
 
その「てんやわんや」のライブ感を楽しむ意気込みで、ジェットコースターに乗るような気持ちで挑みたい。
 
では、明日『デッドレコニング Part1』を観てきます!
記事を書くかどうかは不明だが、ではまた。